「頭が良くなるためには、地頭(素質)と環境(努力を含む)のどちらが大切か?」という質問をよく耳にします。

私が、この質問に回答するとしたら?・・・・・・・・・・これは難しいです。何故かというとこの「頭が良い」というのが「どのようなことなのか」が明確ではないからです。「知識の量」・・・・「頭の回転」・・・・・「論理的な考え」・・・・・頭の良さといっても、様々な分野に分かれます。

この企画では「私の父」に関するエピソードを通して「この質問」と「子どもの頭を良くする方法」について考えていきたいと思います。題して「父の幼少期から頭を良くする方法を学ぶ」です。

まずは、父の幼少期の家族写真を見ていただきましょう。いきなり個人情報です。

中学受験 じいじ2

私は、父がかなり高齢になってからの子どもです。ですから父の将来の夢・・・・・・・・・・「陸軍大将」です。時代を感じます。あまり会話の無かった父ですが、小学校中学年ぐらいの時に終わった「太平洋戦争」の話は、少しだけ聞かされました。近くに爆撃もあったそうです。父は、芋やカボチャが嫌いでした。戦争の頃を思い出すからだそうです。

父はソファの真ん中で、1人だけニコッとしている中学年ぐらいの男の子です。きっとこの頃「太平洋戦争」が終わったのでしょう。写真から「かなり裕福そう」というのが見てとれます。

そうです。実際に父の家族はかなり裕福でした。「華麗なる一族」なのです。しかし、父は自分の実家のことや家族のことを全く話しませんでした。

私は、母から「銅像がある」等、かなり「名家」という話を聞いたのです。父は、家族の反対を押し切って母と「駆け落ち」するぐらいでしたから、「家のしきたり」「家の伝統」とかを、全く気にする人ではない・・・・・・・きっと自由人だったのでしょう。

父の姉、妹は全員「お嬢様」です。美人で、頭が良く、楽器を奏でる・・・・・・・・・・。私は、めったに父の実家には行きませんでした。きっと「駆け落ち」したために、母が行きづらかったのでしょう。しかし、たまに会う「伯母さん達」は、いつも気品がありました。会話の内容も良く覚えていませんが、何だか私の周りの女性とは違っていました。

父と年が離れた一番上の伯父さんは「東京府第一中學」→「東大」です。「東京府第一中學を卒業していた」ということを知ったのは、私が大人になってからです。「東京府・・・・・・・・・?」東京府は、1868年から1943年までの間に存在していた日本の府県の一つだそうです。今の「日比谷高校」・・・・・・・全て初めて知りました。

次回の記事は「父の幼少期」について記事を載せていきます。そして「頭が良くなるためには、地頭(素質)と環境(努力を含む)のどちらが大切か?」という内容にもふれていこうと思います。

読後は応援の花丸をお願いします!
受験ランキングにリンクします!!

にほんブログ村 受験ブログへ
にほんブログ村

続きを読む→

 

カテゴリ(登場人物紹介)に戻る→

 

トップページに戻る→