前回から「ゆったりパパの黒歴史」というタイトルで、記事を載せています。私の父は「東大出」です。しかし、母は高卒で「子どもの頭を良くする方法」を知りませんでした。その母親に育てられた2人が「大学中退で、ニートになりかかった兄」と「幸せな家庭を追い求めた弟」の私です。この記事は「学歴とお金だけでは、幸せになれません」という話です。

中学受験 ゆったりパパ3

まずは画像を載せました。これは、家族で旅行に行った時の「母と兄と私」です。私の家族は、めちゃくちゃたくさん旅行に行きました。単純に裕福だったのでしょう。しかし、何故かその旅行の光景は、頭の中で思い出されません。昔の写真を見ても「こんなとこ、行ったっけ?」という感じです。

思い出されるのは、月に1,2回でしょうか・・・仲の良い友達と遊んだ光景です。プラスチックバットで野球をやったり、農家の友達の家に行き弓矢を作ったり・・・・。小学校の頃の私は「明るく活発」でした。とにかく友達と放課後に遊びたいという気持ちが強かったのです。だからこそ「遊んでいる場面の風景」が、頭の中に強く刻まれているのではないかと思われます。

しかし、その「友達と遊ぶ」のを邪魔していたことがあります。それが「算数の家庭教師」「ピアノ」「書写」などの習い事や、家でやる勉強です。小学校低学年の時は「遊びに行けない」ことに疑問は持ちません。きっと親が決めることが、当たり前だと思っていたのでしょう。

高学年・・・・・今でも鮮明に思い出されるのが、家庭教師に算数を教わっている時の「光景と臭い」です。

私が教わった、その先生は「現職の高校数学教師」でした。「教員の副業は、地方公務員法で禁じられてんだろ!!」と、今なら言えます。しかし、子どもの兄と私は、その場の状況を受け入れるしかありません。

白と黒のつまらない問題集・・・・そして、先生の単調で淡々とした説明・・・・きっと、高校でも「生徒が聞いてても、聞いてなくても気にせず、授業をやり続ける先生」だったに違いありません。私と兄は時々「こくり・・こくり・・・」と交代で居眠りをしました。しかし、肩を「とん、とん」とされるだけで、決して怒られることはありませんでした。むしろ、笑みさえ浮かべていました。そして、その先生が説明をする時に、吐き出されるのが「たばこのヤニの臭い」です。

きっと、兄と私は「家庭教師に算数を習うことが嫌いだ」と言うことができないどころか、思うことさえできなかったんだと感じています。何故か・・・・・・それは、きっと母親のことが好きだったからです。

社宅にいた頃の母・・・・・今、私が想像するに、かなり抑圧された状態だったと思われます。父は、海外出張等不在が多い。お母さん仲間の話題といえば「旦那の出世」と「子ども」の比較・・・・・・・自分は田舎の高卒出・・・・・話題が合わないこともあったでしょう。

決して、子育ても上手くいっているとはいえません。兄と私は「口をきかないぐらい仲が悪い」にも関わらず、小学校中学年の頃、一緒に万引きをしたことがあります。金切り声を上げる母と、殴りつける父・・・・その光景は、今でも鮮明に覚えています。

どうして、私はこの記事を「どうして書くのか?」「どうして語るのか?」・・・・・社宅に住んでいたあの頃の母に、私の考えた「頭を良くする7ヶ条」を教えてあげたい・・・・・・そして、この記事を書いて「決して超えることができない父」に少しでも近づきたい・・・・・本当の答えは、私が育った家庭の中にあるのかもしれません。

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